片桐みかんの日記

感じた事や、伝えたい事をおもいつくまま書いてます。

浜田省吾さんの歌 「MY HOMETOWN」

こんにちわ。

今日は浜田省吾さんの歌 「PROMISED LAND~約束の地」

の中に入っている「MY HOMETOWN」を紹介します。

この歌詞の中で、

俺はこの街で生まれ、16年教科書をかかえ手にしたものは

ただの紙切れ

同じような服を着て

同じような夢を見て

瞳の中

少しずつ死を運び込むような仕事に追われてる

 

扉をひとつ閉ざす度

窓をひとつ開けておく

夢と挫折の中を俺はさまよってる

それが彼らのやり方

だけど人の心まで

積み重ねたロッカーの中

ファイルすることなんか出来ないさ

 

メッセージが胸にずしーんときます。

浜田省吾辞典の中から、アルバム「PROMISED LAND~約束の地」の説明文を抜粋。

「マイホームタウン」と「パーキングメーターには気をつけろ!」つながっていると書いてありました。

「マイホームタウン」の中で女の子が刺されるシーンがあるのですが、それをそのまま「パーキングメーターに気をつけろ!」で映像的に展開しているということでした。

二つに関連性があるとわかると、更に意味深いものになりました。

 

今日ファンクラブコンサートの抽選の発表がありました。第一希望のコンサートに行くことが出来ます。夜勤明けではありますが、疲れも吹っ飛ぶ嬉しさです。

 

 

植西聰さんの本から「とがめない」

こんにちは。

植西聰さんの本から「つぶやけば元気が出る<口ぐせ>セラピーから紹介します。

我々人間は弱さと愚かさからできている。

だからお互いに寛容になろう、お互いの弱さと愚かさを許し合おう。

  ヴォルテール フランスの思想家

新約聖書に、「心が寛容な人は幸いである。この人は神の慈悲を受ける」(意訳)という言葉があります。

「寛容である」ということは、「人に対してやさしい」という意味です。

「相手の欠点や失敗にイライラするのではなく、大らかな気持ちで受け入れる」ということです。

誰でも、欠点や失敗をいちいち厳しくとがられれば、息苦しくなります。生きていくのがイヤになってしまいます。欠点や失敗をやさしく受け入れてもらえば、心安らかに生きて生けます。

ただし、新約聖書の「寛容である」という言葉は、相手のためだけではなく、自分の幸せのためでもあるという意味もあります。

他人に寛容になることで、自分自身も安らかでいられるからです。

「神の慈悲を受ける」という言葉は、「いいことがたくさん起こる」という意味です。

相手も自分も心安らかとなり、人間関係も円満に運ぶことから、いいことがたくさん起こるのです。

とがめない 小さなことでイライラせずに、寛容の精神で生きていく

 

私は仕事をしている時、思いどおりにならずイライラしていると、イライラのパラダイムにはまってしまいます。仕事は一人では出来ません。精神を落ち着かせ、大らかな気持ちでいると、失敗も少ない気がします。そして何より、寛容な気持ちになれなくても、相手の欠点をいい点に変えると、イライラせずに済みます。それには忍耐も必要ですが。

 

今日は夜勤明けで、ほか弁当を注文し待っていると、急にお腹が痛くなってきました。

今日に限ってなかなか弁当が出てこない。どうしよう近くのスーパーのトイレに行こうかとかなり迷いましたが、何とかセーフ。家に帰るとトイレに直行。事なきを得ました。

 

今日美容室に行って来ました。患者様から、「あんた髪切んなさい。やつれて見えるよ。」と言われ、忙しくてなかなか行けないんです、と答えると、「見た目も大事よ。気分がすっきりするから行って来なさい。」とアドバイスを受け、美容院へ行きました。おかげで、気分もすっきり、髪もすっきりして、残りの二日間、単位試験に臨めます。

 

ヨーグルトの起源

おはようございます。

今日は私が毎日朝食べているヨーグルトについて書きたいと思います。

ヨーグルトは色々なメーカーが出していますが、私は明治ブルガリアヨーグルトが好きです。

初めて食べたヨーグルトは、高校生の時食べたグリコのヨーグルト健康でした。CMで見て美味しそうと思い購入しました。そして、期待を胸にパクり、一口食べた瞬間吐き出しました。第一印象は「まずい」でした。

それからしばらくヨーグルトとは縁のない生活を送っていましたが、ヨーグルトに砂糖を入れて食べると何とか食べれるようになりました。

 

さてさて、ヨーグルトの起源ですが、1857年にフランスのパスツールが、乳酸菌について研究しています。ブルガリアの人たちは毎日大量にヨーグルトを食べるそうです。そして長寿者が多い。

ヨーグルトの健康効果が科学的に実証されて100年だそうです。

ヨーグルトとその仲間の発酵乳の始まりは、気桶や革袋に入れておいた乳に偶然入り込んだ乳酸菌によってできたものと言われています。

      明治ヨーグルトライブラリーから抜粋

 

私は便秘予防と、ダイエットを兼ねて食べています。ブルガリアヨーグルトを箱の3分の1にブルーベリージャムを入れて、バナナ一本を一緒に食べます。朝ごはんはこれでお腹一杯になります。

今日は夜勤です。

今から仮眠しますが、飼い猫のワトソン君が何やら訴えています。もう一匹のエマちゃんはお気に入りの場所で寝ています。

今日も暑い一日ですが、クーラーで夏風邪をひかないようにして下さいね。

放送大学単位試験でやってしまった!

こんばんは。

今日は放送大学の単位試験に行って来ました。

今日は「認知症と生きる」と「リハビリテーション」の2教科。

問題を何度も解き、同じ問題が出れば、多分大丈夫のレベルにはなったと思っていましたが、「認知症と生きる」はまあまあ出来た気がします。

ただ、「リハビリテーション」この問題は10問でしたが、難問続きで、しっかり本を読んで熟読していないと解けない内容でした。なので、半分は出来たと思いますが、落第点ギリギリかもしれません。まだ怖くて本を見ていません。

こういう心境を、「人事を尽くして天命を待つ」というのでしょうか。少し違うかな?

 

今日は勉強して単位試験に臨んだ自分を褒めて、残りの「在宅看護論」と「社会福祉と法」を頑張りたいと思います。

あ、そうそう、試験が始まる前に席を探していて、試験官の方に、

「どこでもいいですか?」

聞いたら、

試験官の方が、目を丸くして、

「自分の番号を確かめて下さい。」とあきれ顔で言われ、

教室の外に書いてある自分の番号を見て、番号の席に座りました。

半年ぶり、2回目の単位試験。忘れていました。

多分他の単位試験を受けに来ていた方も、「アホか」と思ったと思います。

やっちまったー!

こんな私が単位試験に臨んでいるのですから、皆さんも興味のあること始めてみませんか?

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写真は奄美大島です。

禅の言葉「仏性」

こんばんは。

今日は植西聰さんの本「動じない心をつくる禅の言葉」から紹介します。

月は夜空に一つしかないが、あらゆる水の上に月影が映っている。

 一月天にありて 影は衆水に印す

   圜悟克勤(えんごこくごん)の語録

夜空に付きは一つしかありません。

しかし、月の姿は、地上の水たまりや池、湖や川の流れなど、あらゆる水の面に映し出されています。

この言葉は、月を仏にたとえているのです。

つまり、「仏は一人しかいません。しかし地上のあらゆる人間の心には仏の姿が映し出されているのです」という意味を表しています。

人の心に映し出された仏の姿が「仏性」です。

「仏性」を、「清らかな心」「正しい生き方」「やさしい気持ち」と言い換えてもいいかもしれません。

禅では人の心の乱れや迷いは、「つまらない自分」へのこだわりから生まれると説きます。

たとえば、「生きる自信がなくなった」という思いがしてきた時、そんな心境から抜け出すための一つの方法として、こんなふうに考えることができます。

「私の心の中には、仏が宿っている。仏が、正しい方向に私の人生を導いてくれる」

自分の中に仏がいると考えることで、生きる自信が湧いてくるのです。

 

 

私は禅の言葉も好きで、植西聰さんの書いた禅の言葉は分かりやすく、昔の言葉を声に出して言ってみると、昔にタイムスリップしたみたいです。

明日は放送大学の単位試験だというのに、ブログを更新しています。最近「ブログを楽しみにしています。」、と言われ、俄然張り切っている私です。

勉強したかと聞かれれば、少しはやった。大きな山を張って臨む単位試験。山が外れたら谷底へ・・・

 

浜田省吾さんのインターネットラジオリピート放送決定

こんばんは。

浜田省吾さんのインターネットラジオ「The Moonlight Cats Radio Show Vol-1」

リピート放送が決定しました。

聞き逃した方、また聞きたい方は

<配信期間>2017年7月26日(水)午後8時00分~7月27日(木)午前3時00分

ファンクラブ会員ページ内[RADIO]ページでご視聴頂けます。

約25分間の音声番組となります。

 

明日また、浜田省吾さんのラジオ放送が聴けるなんてラッキーです。

棚からぼたもち!

植西聰さんの本から 「人生はぶっつけ本番」

こんばんは。

今日もうだるような暑さでしたね。通勤通学の方お疲れ様です。

今日は植西聰さんの本、つぶやけば元気が出る「口ぐせ」セラピーから紹介します。

19世紀~20世紀のロシアの小説家、チェーホフは、「人生に下書きと清書があったらいいのに」(意訳)という言葉を残しています。

小説を書く時は、下書きをします。下書きですから、何度失敗しても大丈夫です。そして、下書きをもとにして清書して完成させます。

それと同じように、人生でも練習ができればいいと思います。十分に練習してから本番に挑むことができれば、失敗することはないでしょう。

しかし、実際には人生に練習も本番もありません。

けれど、失敗を恐れていては何もできません。

勇気を持って「ぶっつけ本番の人生」に挑むしかないのです。

 

 

私は、この本を読んでいて、「子育てに練習があって、本番があればもっとうまくできたのに。」と思いました。人生は失敗の連続で、失敗しながら多くの事を知り成長していきます。

財界で活躍した渋沢栄一さんの言葉で、

「四十、五十ははなたれ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ。」

というのがありますが、私はまだまだはなたれ小僧。失敗もするし、恥もかきます。

 

皆さんぶっつけ本番に強いタイプですか?

私ですか?わたしは・・・多分・・・強がるタイプかな・・・

毎日暑いですが、美味しいもの食べて乗り切りましょう。